2012/11/25

病院ランキングと高校ランキングの共通点

どこの病院がいいか?

自分が、家族が、知人が、病気になったとき、良い病院に行きたい願望は誰しも少なからずある。国民皆保険制度下の日本では、どこの病院でも、値段に大きな差はなく、アクセス制限(行く病院が強制されていたり、どこどこ病院は診てくれないといった制限がある状態)もない。

となれば、『良い病院に行きたい願望』は、『どこが良い病院なのか知りたい願望』へと変わる。
結果として、巷には、ランキングの本があふれている状況だ。
amazon.co.jp "病院" "ランキング"での検索結果
検索結果にずらーっと並ぶランキングの本の多くは、名の知れた出版社や新聞社から出ているだ。これを読むと、「ほぉ~、胃がんでは、この病院が東京都で1位か。」といったことが分かる。近頃は、評価基準が記載されているものも多いため、透明性のある実力評価のように思えてしまう。

■手術件数が多い病院は良いのか
単純な件数比較
 胃がんの手術が年間10件の病院と、年間100件の病院があったら、それは誰しも100件の病院の方が良い・・・と思うだろう。この良し悪しは諸説あるのだが、以下の論文ではがん領域においてハイボリュームセンターは質が良いとしている。

Impact of Hospital Volume on Operative Mortality for Major Cancer Surgery FREE Colin B. Begg, PhD; Laura D. Cramer, ScM; William J. Hoskins, MD; Murray F. Brennan, MD JAMA. 1998;280(20):1747-1751. doi:10.1001/jama.280.20.1747.

 ある外科医から聞いた話だが、同じ手術で、週3件の病院(年150件程度)と、週1件の病院(年50件程度)と、月1件(年12件程度)の病院を比べると、外科医の技術も差が出るだけでなく、医療チームとしての差が大きくなってくるとのこと。週3件実施している手術は手術チームのコミュニケーションや、スキルが格段に上がっていることを実感できるという。

医師ひとりあたり件数
 胃がんの手術が年間100件の病院(胃がんの執刀医2人)と、年間200件の病院(胃がんの執刀医10人)があったら、どうだろうか。前者は1人あたり50件、後者は20件。しかも、医師が10人いたら、全員が平均的に担当している可能性は低く、おそらく50件の医師と、5件の医師が混在している可能性が高い。
 1人あたり件数は、多い方が良い。でも医師数が多いのも良い。どっちが良いか、ますます判断がつかなくなって来る。

■開腹手術と腹腔鏡手術、どっちが良いのか
 ランキング本では、腹腔鏡の手術件数を並べているものもある(例:読売新聞医療情報部の「病院の実力」)。腹腔鏡の症例が多いと、「ここの病院は技術力が高いのでは?」「うまい医者がいるのでは?」と期待してしまうかもしれない。ただ、現実には、その技術力も大事だが、患者のがんの状況に合わせ、腹腔鏡と開腹の合理的な選択をしていることがほとんどである。
 つまり、腹腔鏡が適用できる患者が多いか少ないかといった、集まってくる患者群の背景を説明している可能性が高い。

 ただ、そうは言っても、まったく参考にならないわけでもない。腹腔鏡が極端に多い施設は、どのような症例でも腹腔鏡を適用しようとする。例えば、前述の読売新聞社の2011年の本の数値から、大腸がんの東京都のデータを引用すると、

がん研有明     488件 うち352件が腹腔鏡(72.1%)
国がん中央病院  383件 うち147件が腹腔鏡(38.4%)
虎の門病院     363件 うち353件が腹腔鏡(97.2%)
日赤医療センター 303件 うち   4件が腹腔鏡(1.3%)

がん研有明と国立がんセンター中央病院の数値は単純に判断することは難しいが、虎の門病院と日赤医療センターは、明らかに傾向が違う。これは、それぞれの施設の方針、特徴を表している可能性が高い。件数の多い・少ないではない情報が見えてくる。

■ランキング本は週刊誌の「東大合格者数ランキング」と変わらない
これらの病院ランキング本、週刊誌が年度末に特集する「○○大学合格者数ランキング」と共通点が多い。今年は開成高校、灘高校がどうだった、公立が躍進した、なんて情報が踊る。やっぱり開成はすごいね、なんて読む人は思うのだろう。恥ずかしながら、自分の母校がこういったランキングに顔を出すと(滅多にないが)、ちょっとうれしい。

でも、そのランキングが「高校での教育の実力」を単純に表しているわけではない。ちょっと考えれば分かることだが、誰しもが開成高校には入れない。開成高校や灘高校に入る人たちは、もともと学力面で優れている群であり、もしかしたら、その群は、どの高校に行っても東大に受かる人かもしれない。はたまた、ランキング上位の別の高校では、東大に多く合格しているが、ほとんどの人が現役在学中から予備校に通っているかもしれず、高校の実力を単純に表していないかもしれない。

リスク調整生存率
高校の実力を評価する理想論を言えば、高校入学時に、まったく同じ成績の生徒群2つが、A高校とB高校に入り、予備校にも行かず、どのような結果になるか比較すれば良い。A高校とB高校の真の実力が見えてくるはずだ。
病院の比較でも同じである。もともとの『生徒の実力』を揃え、『大学進学実績』を評価することが大事である。がんで言うなれば、

生徒の実力=『がんのステージ』、『年齢』

大学進学実績=『生存率』『再発率』

といったところだろうか。
このような評価の試みが、国内でもすでに始まっている(⇒全がん協加盟施設の生存率協同調査)。この試みは、その数値だけを比較し、ランキングするような性質のものではなく、日本全体のがん医療の水準向上を期待し、どのような数値を公表していくべきか、取り組んでいるものであるので、誤解しないようにしたい。

「偏差値40からの大学受験」といったキャッチコピーで有名になった予備校があったが、まさに患者背景を揃え、アウトカムを評価することが重要である。

■これから患者、一般市民に求められること
患者にとって、病院を評価するために必要な情報は何かということを考え、より開示してもらうことが必要だ。その点で重要になってくるのが、『情報を理解する力』である。
病院側が開示に積極的になれない大きな理由のひとつとして、ここまで記載してきたような、数の多い少ないだけで短絡的な判断をされてしまうことを恐れていることが挙げられる。
つまり、読み手の「理解する力」を高められれば、様々な情報の開示が進むのではないだろうか。

(個人的に思うこととしては、保険者はもっと情報開示の要求を強めても良いと思うのだが・・・)